昭和40年7月6日 朝の御理解
昨日、親先生と田主丸の教会に、えー、入りましてから、あちらの先生のお話を伺ったんですけれど、あちらは、あの、教祖の神様の、おー、ご時代からご神縁を頂いて、まだ教祖の神様が、うー、大谷の権現様と、いわゆる金光大権現と言われるご神格のご時代に、えー、ご神縁を頂かれた。皆さんもご承知でしょうか、西六の、西六の明神様といって、女の先生で、教祖の神様の右の御結界に対する左の御結界と。御結界の中での御夫婦だと言われるほどにお徳を頂かれた女の先生がおられましたですね、あの高橋富枝という先生が。そこを今でも西六と申しておりますが。
その当時、まだ善導寺の親先生が御本部でご修行の時分にはまだその、富枝先生がおられましたそうですがね、その西六の明神様の所でご神縁を頂かれた、おじいさんが。うん。それがあの(風ガン?)を患われましてですね、ほんで、大変難渋して、西六におかげを頂いかれた。それで、こちらで(おこもり?)をさせて下さいと言うて、行かれたところが、こちらの、此の方は、あの、女の先生だから、男の方がここで(おこもり?)をされることは困りますと。大谷までおいでなされば、ここの御本社、いわゆる教祖の神様ですね、権現様がおいでおるから、その金光権現の所で、えー、(おこもり?)をなさったがよかろうと言われたそうですね。
ほいで、大谷へ行かれて、初めて教祖にまみえられて、一週間のおこもりを頂いて、その(風ガン?)がおかげを頂かれたという、そのおかげ。ほいで、帰りがけに、こうして此の方もおかげを、こう受けられるのであるから、あー、帰られたら、人にもこの有り難いお道を伝えられていかれたらよかろうと仰ったそうです。それから、今までの教団組織なんかない時分ですからね、あなたがおかげを受けられて一週間の間にいろいろおかげを受けられたことをその近所の人に伝えられていくうちに、だんだんだんだん、人が助かってくるようになってきた。
本職の大工さんをやめられてから、まあ教会のような形になったんだそうですね、で、その当時の、えー、いわゆる、うー、教祖の神様の御親筆というのがあちらに残っておるそうです。大変まあ古いご神前。ところが、お父さんが大変、こうお酒好きでですね、教会を持たれたけれども、その、教会を何もかにも無くしてしまわれるような、はめになって、そして、三代目の私になって、もう、身もし、知らんで田主丸に、まあ来らして頂いたということをです、いろいろ話しておられました中に、神様の働きは無理用でございますという(おはさがい?)言葉を使われるんですね、神様の働きを見るようでございますという。
確かにね、私共が信心さして頂くならこの神様の働きを見るような実感の中に、日々おかげを頂かなければ、信心生活はできないですね。「神の中を分けて通りおるようなものじゃ」と、「畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが神の中を分けて通りおるようなものじゃ」という実感の中に信心生活さして頂く。ですから、その信心生活の中に神様のご守護を篤く頂いて、それこそ神の働きを見るような毎日でなからなければならない。
そこでだんだん信心が進んでいくというのはです、ね、その、本当に( ? )におかげを受けると、教祖の神様の御教えにもありますように、「信心すれば目に見えるおかげより、目に見えぬおかげの方が多い」と仰るその目に見えぬおかげの方が多いと仰るような、目に見えない中にでもです、神様の働きを見るような心の状態が頂けなければそれは有り難い生活できないということになるんですね。
私は本当に、最近思いますことはもう今の椛目の、おー、ご信者さんほどフルに神様の言うなら御用に持ち場立場において使われておる方達はあるまいとこう思うんです。主だった方達がもう毎日毎日、何かの形によって、その毎日毎日が会議会議なんですよね。または、毎日毎日が、ひとつのこう、御用のために奉仕をしておられるんです。
私はだから、ご承知のように飯塚に来て、十幾人かの、おー、主だったご信者さん達が、あー、銘々の自家用車を、その、持って御用頂かれた。もう終日だったと。いや、終日というよりも朝方の2時までだった。朝から。昨日はまた、総代さん方、あー、高島さん、角さんあたり、それから壮年部長の、んー、副長さん達が、4名、もう本当に晩まで、竹島さんから昨日一日に四回は椛目にみえておられます(笑)。「福島さん?」なんかはやっぱ2回。
もう角さんなんかはもう二辺めに見えてから見えたっきり、夕方まで、で一応帰られてからまた晩の壮年部会に出て来ておりますけ、2回3回、皆が椛目で御用しておるんです。なかでも、角さんなんかは車を一日、親子でです、だから御用を頂いておられる。昨日はまた、(?)の変わった御用であり、教務所関係とか、隣接教会の、おー、ここ言うなら、ここの証人を押して頂くはんを頂くことやら、そのことに対して、いろいろ(?)をして頂いた先生の所へ、お礼に行ったりといったようなことだったんですね。
もう本当に、あの、その、神様がフルにお使い回しを下さっておる、またこちらも本当におかげを頂こう、うん、御用をさせて頂こうというような、真心がなからなければできることじゃないんですね。これはもう皆さんがみんなそうですから、何かの形においてですよ、やはり、御用に使うて頂いておらなければいけませんよ。ね。ですから、その祈りを持たないけんです。
昨日、壮年部会が終わってから帰りがけですもん、角さんが「先生、もう今日はこのようなおかげを受けました」と。もう今日は息子が、朝から一日御用を頂かせてもろうて、ところが昨日はもう、「椛目の御用をさえ頂いとけば、お父さんおかげ頂くばい」ちゅって息子が申します。お家ではそんなふうで、まあ、御用できなかったけれども、こちらから配達、大体はせねばならない、ところがこんな大きいやつ買うておられるもんですから、やっぱりあげな小型のトラックで三台も、先方の方から、取りに来て下さってから、商いだけは、やっぱあってるっちゅうわけ。
「もうお父さん、椛目に御用頂いときゃおかげ頂くとばい」ちゅってからその、息子申しますと言うてその、喜んでお礼を申しておられます、ね。ですから、御用頂いておればそういうふうに、いや、「神の用を足しておれば氏子の用は神が足してやる」と仰るような働きがですたい、これはもう目に見えるおかげなんですよ。
んなら、よしなら一日また頂いたところが、今度はここんところが、分か、信心が進まなければ分からないということは、目に見えない、何ともないごたるけれども、やっぱそのような働きを、その、目に、形のない中にお働き頂いておるということを信ずることが信心だと私は思うです、ね。
ここが目に見える所だけです、今の角さんの場合はね。けども目に見えぬおかげの方が多いと仰る、水面のおかげがどのくらいことやら分からんのですから。そこんところが自分の心で自分の信心でおかげをおかげと感じさしてもらい、キャッチさしてもらえるだけの、信心が必要かということが分かるでしょう、ね。
ですから、信心を進めていかないとそこが分からんのです。もちろん、んー、神様が「こちらへと言うて足を向けたら一歩だって無駄にはさせん」と仰るくらいですから。そういう働きを下さるんですけれども。(大きいせんと分からせん)
そういう、その、目に見えるおかげ、目に見えないおかげの中に「神様の働きを見るような」と、田主丸の先生のお言葉じゃないですけども、ね、神様の働きを目の前に見るようにそれを感じていくという生活が、私は金光様のご信心をさして頂く者の生活態度であるとこう思うのですよね。
目に見えるところだけよりか、むしろ目に見えんところのおかげの方が多いという、そこを分からしてもらう。まあそこで、いよいよ分からせて頂くことはです、ただ、言わば、ああー、上辺だけの奉仕であったら、神様はもう上辺だけしか目に見えないおかげしか下さらないということ。おかげはもう下さるのです。ね。(お座縄?)だったら(お座縄?)であり、ね、誠心誠意・真心からという意味であったら、誠心誠意・真心から神様がお働きを下さるということになるんです。
ですから、本当に神様が誠心誠意の、うー、お働きをもって、私共に現れて下さるようなおかげを頂くために、目に見えても見えなくても、真心もってのおかげを頂かしてもらわねばならんということが分かるですね。どうぞ、ひとつそこんところをです、皆さんの信心がだんだん進んでいくに従って、本当に、「お父さん、椛目の御用さえ頂いとりゃよかばい」と、家じゃあ、あなたもう、車全然使わん、亭主はおらんでも、お父さんがおらんでも、僕がおらんでも(笑)、こうやって御用ができていきよるということ。
本当に有り難いことだというようにですね、ならそういうような働きが今度は目に見えない中にも、目に見えないだからいいです、そういう働きを頂いておるということを、確信さして頂きよる時に、初めて神の働きを見る、目の前に見るような思いで毎日を過ごさしてもらい、「神の中を分けて通りおる」ような実感という中です、信心生活ができる。そこに、私は目に見えぬような、目に見えぬようなおかげを頂くと実際、(ななめぐさ?)には見えぬようなおかげは、ただ、おかげだとこう思うですね。
けれども、あの、目に見えないような中に、おかげを実感さして頂くということはもうお徳を吸収しよることだと思うですね。この辺が有り難いのですよね。おかげ頂かなければなりません。
明渡 真(6/24)